ゆんたいむ

PTSD(心的障害後ストレス障害)

こんな題をつけたら怒られてしまうかもしれない・・・。

 

先日、「岡田美里」さんの離婚記者会見を見てハッとさせられた。

彼女が言っていることはめちゃくちゃ(多くの人にはそう感じられたであろう)なのに、

その気持ち・心理状態はわかる・・・と。

事実あの会見の後、彼女に非難が集中した。

ワイドショーで肩を並べ、先生と呼ばれるコメンテイターのお一人が

「相手を怒らせないために自分を抑えてしまう、人の顔色をうかがって自分の感情を殺してしまうと言う症状がある」

と、分析・解説していらした。

・・・私にビンゴなのだ。

幸い私は、お医者様のお世話にならずとも自分の力でたまったものを発散する術を知っている、・・・今のところ!

しかしそれが出来なくなった時、心の病として病名がついてしまうものなのだと気がついた。

紙一重である。

 

彼女がそうだった様に、私も両親の不仲を見て育った。

暴力にこそ縁はなかったが、私の記憶の中に笑顔で会話を交わす両親の姿は無い。

家の中の空気が怪しくなると1人話をはぐらかし、

手遅れだとわかると、ステレオをガンガンかけている5つ年上の兄の部屋へ逃げ込んだ。

今思えば、兄のステレオのボリュームもまた、両親の喧噪から耳をごまかすためのものだったのかもしれない。

几帳面な父が判を押したように毎日同じ時間に帰宅すると、両親が口を開かないことを祈った。

不仲とはいえ、10年や15年も連れ添った相手。

どうすれば気に障るのかなど考えなくてもわかりそうなものを、母は無言で抵抗していたのだろうか。

せめて怒らせないで欲しいと願った。

 

そんな両親から「ケンカ」が消えた。

もちろん仲良くなった訳ではなく、お互いに全てを諦めてしまったのだ。

いつの頃からか両親は、もともと少なかった会話すら全くしなくなってしまった。

家族として必要な最低限の連絡事項は筆談。

顔を合わせているのに口を開かず、寝ている間に食卓にメモを残す。

ある程度大人になった時に、なんで別れなかったのか母に尋ねたことがある。

すると母は目をつり上げて

「あんた達のために別れなかったんじゃないっ!!子供のために我慢したんでしょっ!!」

娘としては、こんなにピリピリしているのなら、

別れてしまってもそれぞれが幸せに笑っていてくれた方がいいのにとその時思ったものだが、

それは本当にそうなってみなければわからないことだろう。

むろん反論は出来なかった。

 

5つ年上の兄は、それはそれは可愛がってくれたらしい。

その愛情表現がまた問題で、コンプレックスの塊を作る元となった。

ゆんたいむの「ゆん」が私の愛称であったにも関わらず、兄は私を

「デブ」、「ぶた」、「にく」、「デブころりん」と呼んだ。

「お前その顔で町歩いてきたの!?よく恥ずかしくないね!!」

今でこそ兄特有の愛情表現と笑えるものの、当時の乙女心は深くキズついた。

5つ年下の妹としては、何においてもかなわない兄への反撃に出、

「くそじじい」と呼び続けた、・・・が無駄な抵抗だったのは言うまでもない。

そんな兄も残念ながら、私が対等に話せるようになった頃には無口な青少年と化し、

時々大声でどなりちらす怖い存在になっていった。

今で言う「キレる」状態。

それが怖く恐ろしく、両親に輪をかけて顔色をうかがったものだ。

 

ふと気がつくと、場を取りつくろっている私がいる。

言い争う姿を見ようものなら、心臓が飛び出しそうに高鳴る。

TVで「朝まで生TV」、「たけしのTVタックル」、「そこが変だよ!日本人」などの討論(!?)番組がある。

大げさでもなんでもなく、それらを見ることが出来ない。

ケンカではないにしろ、言い争いになるその空気を感じ、動機がしてくる。

嫌悪感でいっぱいになるのである。

特に自分に当てはまるような、思い出される事実があるわけではない。

しかし、これが幼児体験とでも言うのだろうか、身体に、心に染みついているのだ。

 

これだけ書き綴ると、なんて暗い家族かと思われそうだが、

それなりに4人家族としての思い出もある。

兄と私が両親のかすがいとなって家族の絆をつないでいたのだろう。

ましてや夫婦の形は10組10色なのだから、

それが例え子供のためだったと言われても口を挟めるものではない。

 

自分に自信が持てなかったり、自分を抑え込んでしまう所はあっても、

それを克服しようといろんなことにチャレンジしてきた。

自分の力で輝ける何かを見つけようと負けん気も人一倍である。

そして、この家族の元に育ったからこそ、だんな様に出会えた。

神様からの最高のプレゼントを二つ授かり、4人家族になった。

この4人で明るく仲良く暮らすことに、何よりの幸せを感じるのである。


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