ゆんたいむ

産まれて初めての手術

 

縁あって、すばらしい病院を紹介していただいた。

初めての診察でここまで引きずったいきさつを話しても、穏やかに聞き入れてくれた。

その時点で手術の日程も決まり、二度目の来診は入院という段取りの良さ。

と言っても、GWの旅行に行ってからにしたいと、

わがままなことに1ヶ月の猶予期間をもらったので準備も万端。

「入院する前に・・・」を切り札に、休みごと飛び回り、母をあきれさせた。

 

そうは言っても、2週間以上主婦が家を空けるのは大変なこと。

子どもたちの詳細なスケジュール、帰宅時間や習い事の送り迎えの時間を

事細かに記入し、だんな様と母に託した。

壁には、張り紙。

タンスにはシール。

手術に不安はなかったが、子どもたちを置いて入院するのがたまらなかった。

とても良い病院だったので迷わず決めたものの、自宅からは車で1時間以上かかる。

子どもたちとは週末にしか会えない。

入院当日の朝、普段通りに送り出すつもりだったが、

目を真っ赤にする息子と、不安げに手紙を渡す娘を見て泣いてしまった。

元々あまい涙腺が、一度ゆるんだら止まらない。

「3人でなぁに泣いてんだよぉ」

と、だんな様に笑われてしまった。

 

出産以外では初めての入院。

出産の時、こんな病院だったら良かったなぁと思った。

今どきの産婦人科はこうなのか、ほとんどが個室。

部屋には電話も付いていて、直接子どもたちにあれをしろ、これをしろと指示できる。

手術まで2日、いくつかの検査はあるけれど、上げ膳据え膳、主婦にはたまらない待遇。

食事は全く病院食っぽくない、家庭料理。

回診でまわってくる先生は、みな一様に穏やかで、

子宮を摘出することへの不安を取り除こうとしているのがわかった。

私にはすでに不安はなかったが、そんな余裕からのぞき見たカルテに

「巨大筋腫」と書いてあったのには苦笑した。

 

産まれて初めて身体にメスを入れる日。

怖いと言うよりは、早く終わらないかなぁと余裕の順番待ち。

入院中にと買い込んだ本の中に、タレントの向井亜樹さんの本があった。

内容が奇しくも共通する子宮全摘出の経験談。

入院前に、あっと言う間に読んでしまった。

彼女の苦しみに比べたら・・・比べるのも申し訳ないほどの壮絶さ。

それでもあれだけ明るく復帰したではないか。

かなり力づけられたように思う。

その、彼女の本の中にも記述のあった麻酔。

たぶん、あれがそうだったのだろう。

オペ1時間前と30分前に、それぞれおしりの左右に注射をする。

彼女のご主人のように幻覚を見ることもなく(笑)、次第にだるぅくなっていった。

「行ってくるね」・・・だんな様に手を振る予定が、あれよあれよと言う間にオペ室へ。

私は極度の近視なので、コンタクトをはずした目で

かけていためがねも病室へ置いてくればもう誰が誰だかわからない。

結局どの先生が執刀してくださったのかすらわからなかった。

もちろんだんな様は、わかっているけど名前がわからずに説明つかず・・・。

テレビに出てくるように数を数えて・・・ひとつ、ふたつ、・・・むっつまでしか覚えていない。

むっつの次は看護婦さんの

「わかるぅ!?わかったら返事してねぇっ!!」

と、結構激しく揺り起こす声。

全てが終わった。

 

痛みに苦しんだのは、2晩だけ。

水分もとれないのがどれほど辛いか、痛みよりも心配したが、

そんなこと気にする気力も暇もないうちに過ぎた。

だんな様がその2晩、泊まり込みの付き添い。

ほとんど眠っているだけの私を前に、

だんな様には長い長い二日間だったろう。

それがどれだけ心強かったかわからない。

5/10木曜のオペで、13日の日曜にはもう暇をもてあましていた。

痛みもほとんど気にならない。

ただ、頼むからこんな時に笑わせないでと言う程度。

14日の月曜にやっと管がはずされ、自由の身となった。

上の子の出産直前に中毒症になり、産後の大量出血で輸血した後も

「大変だった割にケロッとしてるわねぇ(^-^)」

と、看護婦さんに言わせた快復力。

寝てばかりだともともと弱い腰にくる。(中2でギックリ腰の経験あり(>_<))

昼間寝てると夜眠れないし、痛みも気にならなければ具合も悪くない。

起床してから検温・血圧・回診と、

いつ部屋を覗いても座ってクロスワードパズルを解いている私に

「元気ねぇ。でもお腹の中切ってるから大事にしないとね」

と、看護婦さんは笑っていた。

 

子供は柔軟である。

入院の朝、泣きながら送り出したあの子達も、

いちいちガミガミ言われない快適さを楽しみながら一生懸命お留守番していた。

週に3日は習い事がある。

その日だけは送り迎えが必要になる。

母が担当してくれたが、送迎後も自宅で留守番してると言う。

習い事のない日も、母が夕方迎えに来て仕事場へ連れていこうとすると、

「2人で留守番してるからいいっ!」

と、断るようになっていた。

・・・が、それが大問題だった。

病室から電話を入れると

「今ね、お風呂入ってたの(^_^)v」

と、お姉ちゃん!なかなか感心と思いつつ息子に代わると

「今、お風呂だよ(^O^)」

聞くと宿題も時間割も全部終わったと、自慢げだ。

ほっと一安心。

それが・・・、帰宅しただんな様から怒りのメール。

「こいつら、玄関にランドセルおろしたまんまの状態でテレビ見てやがった!!」

よくもとっさに2人で口裏合わせたもんだ(^^;)

次の日から、電話口で

「そのままお風呂場行けぇ!お湯貯めろぉ!!」

と、指示を出すようになった。

それを怠ると結果は同じ。。。

頼むよ、5年生(^^;)

 

入院の日取りが決まった時、息子が一番に心配したこと。

小学校に入って初めての遠足のお弁当。

約2週間の入院と言われていたが、微妙な日程だった。

「遠足のお弁当くらいばあちゃんが作って届けてやるから!」

という母の声はすでに聞こえない状態。

思いっきり不安に陥ったようだ。

「パパが作ってやるから大丈夫だよぉ!」

息子には、その方が心配だったみたい(^^;)

思っていたより長引いて(経過が悪かったわけではなく)、

だんな様のお弁当へのプレッシャーが秘かに笑えた。

ぶっつけ本番ではあまりにも自信がなかったらしく、

前の晩に、深夜のリハーサル敢行!

すっかり病院のリズムに慣れた私が、10時の消灯と同時に眠りについている頃

「唐揚げは奥が深いなぁ」

・・・とか、

「こぉんなちっこい弁当箱につめるだけなのに、台所がものすごいことになっている」

とかのリハーサルレポートがメールで届いていた。

朝も暗いうちから格闘していたようで、6時の起床時には出来上がり

でも、やはり遠足の朝に母親がいない現実が息子の元気をなくしていた。

本当に寂しい思いをさせてしまったんだなぁと胸がつまった。

前日に、事細かに息子の好みを説明してだんな様におやつを用意してもらっていた。

そのおやつがかなりヒットだったらしく、ようやく笑って行ってくれたらしい。

来年はとびきりのお弁当、持たせてあげなくちゃ。

 

家族4人、みんなでがんばった19日間の入院。

今はその事実を全員が忘れるほど、元気に毎日を送っています。

 


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