ゆんたいむ

HP作成のきっかけ

1996年4月自営のお店を開業した。

その事務処理のために、パソコンを購入。初めて我が家にパソコンがやってきた。


そこで何よりまず最初にやりたかったこと。それはパソコン通信。
なぜなら、20年来の大ファンである、俳優「時任三郎」さん(私好みの俳優さん達参照・・・様)が、
パソ通(Niftyのパティオ)でファンとの交流の場を設けていたから!!

パソコンやワープロがあっても、別途モデムを設置しなければならなかった当時(1985年前後!?)、
学生の分際で全てを揃えるなんて到底不可能。

遠い別世界のお話と諦めていた環境が、やっと今、目の前にあるのだ。仕事は二の次でNiftyに加入・・・のはずだった。

しかし、開業したばかりの仕事に追われ、さらにはパソコンの環境設定をすることなど全てが初めてづくし。

一つ一つの行程に時間がかかることかかること。

1年がかりでようやく加入までこぎつけた・・・ほんとに、1年かかってしまった(^^;)

そこから、当時パティオの管理をしていたファン仲間にも助けられつつ、恥ずかしい程の壁を乗り越え、
ようやく時任さんと直接のつながりを持てることになる。

それからは、時任さんと関わっていたいという切なる願望から、仕事そっちのけで必死に参加。

本格的にネットの世界を体感し始めていった。・・・1998年である。


その5月、時任さん自ら作り上げたオフィシャルHP「SUBNET」開設。

ここでカウンター"10"という、かなりの初期値で初入室を果たしてから、数々の出逢いをしてきた。

たくさんのファン仲間ができた。

時任さんご本人も海外在住組なら、ファン仲間も地球規模で輪が広がった。

オフ会にも参加した。

時任さんご本人を交えての、チャット大会にも参加した。

この歳になって初の追っかけとも言うべき、「時任さんに会うため北海道1泊2日」なんてこともやってのけた!

生まれて初めての北海道では、ライブの打ち上げの席に同席!!


そしてSUB-LISTナンバー8<事務協力部隊・隊員>なる肩書き(!?)まで頂戴し、現在に至っている。


本当に数々の初めてを体験した。

私の視野が・・・世界が広がっていった。


その夢のような体験と平行して、私は先の見えない真っ暗なトンネルに差し掛かっていった。

・・・人生最大のピンチを迎えてしまうのだ。

ネット上のつながりに救われながらも、だんだん胸の内にしまっておくことができなくなっていく。

もう私には堪え忍ぶことすら不可能な状態だった。

それがとてもとてもプライベートな悩みだというのに、
私は時任さんをはじめ、そのファン仲間である会ったこともない友人達にぶちまけてしまった。

近からず遠からずの関係が、逆にうち明けやすかったのかもしれない。

うち明けられた仲間はさぞ心を痛めたことだろう。

ファン仲間の和やかな交流の場に、全く自分よがりの救いを求めてしまった。

今思うとあの時の私は、それすら配慮出来ないほどに追いつめられていた。


そんな身勝手な私をSUBNETの仲間達は心から心配し、続々とあたたかいメッセージを届けてくれた。

時任さんまでもが、いちファンである私を励ましてくれた。

たくさんのメッセージを何度も何度も読んだ。

涙で見えなくなるくらいあったかいあったかいメッセージに、生きる勇気をもらった。


この真っ暗なトンネルも私にとって必要な試練だった・・・なんて絶対に言えない。

出来ることなら記憶を削除してしまいたい・・・本気で思う。

それくらい私にとっては過酷な日々だった。
 

でも、その消してしまいたい記憶にも心乱されることがなくなるように、
これからを自分らしく生きていこうとやっと思えるようになったのだ。

試練を乗り越えた人間は強いっ!!


約5年間さまよい続けたトンネルをようやく抜けだそうとしている今(2002年)、私が元気に明るく笑えるのは、
この時任さんをはじめとする仲間達と、時を同じくしてネット環境でつながったOL時代からの親友のおかげです。

この素晴らしい環境に出会って、"私が私であるために"自分にできる何かを探りつつ、HP作成が始まった。

2000年9月のことである。

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